旅と風景、ときどき列車

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インドネシアで再会した有楽町線7000系と“第二の人生”の理由《AI嬢ミナと語る 013》

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2013年、仕事で訪れたインドネシアの首都ジャカルタ。

少しだけ時間ができた午後、ホテルの部屋でスマホの地図を眺めていると、すぐ近くをKRLジャボタベックの路線が走っていることに気づいた。

「あの路線には、日本の電車が走っている! 折角ジャカルタにいるなら見てみたい!」

鉄道好きの心がざわめいた。

同行者には「勝手に出歩くと危ないよ」と止められたけれど、我慢できずにひとり、ホテルを抜け出した。

今回の「AI嬢ミナと語る」は、そんなジャカルタで出会った有楽町線7000系の記録をきっかけに、語り合う。

 

<ミナ>

あれ? この電車、ちょっと見覚えあるかも……。 赤と黄色の塗装だけど……これ、有楽町線の7000系じゃない?

<汽車のリ>

うん、よく気づいたね。 これは2013年に仕事で、インドネシアのジャカルタで撮った写真なんだ。

<ミナ>

えっ、日本の電車がインドネシアで走ってるの? それってどういうこと?

<汽車のリ>

うん、少し長くなるけど……まず知っておいてほしいのは、KRLジャボタベック(今のKAIコミューター)っていう都市鉄道のこと。

これはジャカルタ首都圏の人口増加と渋滞問題に対応するために整備された通勤電車ネットワークで、1970年代からの構想を経て本格的に拡充されたんだ。

「ジャボタベック」っていうのは、ジャカルタとその周辺都市──ボゴール、デポック、タンゲラン、ブカシの頭文字を取ったもので、 当時としては首都圏に鉄道で通勤する仕組みを作ろうという、大きな国家的プロジェクトだった。

<ミナ>

なるほど、インフラ整備として始まったんだね。でも日本の電車が使われてるのは……?

<汽車のリ>

いろいろと理由があるんだけど、まず大きいのは、日本が車両の整備や運行管理、保守のノウハウまでセットで支援していたってこと。

単に車両を譲るだけじゃなくて、“使い続けられる仕組み”ごと提供したんだ。 それに、日本とインドネシアは同じ直流1,500Vの電化方式だったから、車両の構造や電装系を大きく改造しなくても、そのまま使えるっていう“技術的な相性”の良さもあった。

<ミナ>

なるほど、それってすごく現実的だね。

<汽車のリ>

それだけじゃなくて、インドネシア側のコスト面の事情も大きかったと思うよ。

新車を大量に導入するのは難しい時期だったから、高品質な中古車両を、しかも支援つきで安価に導入できるのは、すごく現実的だった。

<ミナ>

じゃあ、汽車のリさんはその7000系に、ジャカルタで再会したんだね?

<汽車のリ>

そうなんだよ。 そのとき滞在したホテルで、会食まで少し時間が空いてさ。

スマホで地図を見てたら、ホテルの近くにKRLジャボタベックの線路があることに気づいて……。

<ミナ>

ふふ、それで「行こう」ってなったんだ。

<汽車のリ>

うん。同行者には「治安のこともあるから、1人で出歩かない方がいい」って言われたんだけど、もう気持ちが抑えられなくて……

ホテルの車用ゲートをすり抜けて脱走した(笑)

<ミナ> ちょっと……治安注意されていたのに一人で外に出たの!? それ危なくない?

<汽車のリ>

でも線路まで歩いて行って、少し緊張しながらも撮影ポイントを探してたら── 来たんだよ、この電車が。

<ミナ> 写真の7000系が来たんだね。

<汽車のリ>

有楽町線の7000系。7023編成だった。

赤と黄色の塗装に変わってたけど、前面の形やパンタグラフ、フォルムはそのまま。確かに、あの電車だった。

<ミナ>

そんなふうに異国で再会できるなんて、なんか胸が熱くなるね。

<汽車のリ>

そのほかにも、東西線の5000系、JR東日本の203系、京葉高速鉄道の5000系なんかも走ってたよ。

中でも印象に残ってるのが、203系。塗装が少し剥がれていて、下から千代田線時代の緑の帯がのぞいてたんだ。

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<ミナ>

それはまるで、時間の層が剥がれて“過去”が見えたみたいだね。

<汽車のリ>

まさにそんな感じだった。 あとね、列車が右側通行で日本とは逆だったんだ。世界的には車は右側通行でも、列車は日本と同じ左側通行の国も多いんだ。

<ミナ>

へぇ、インドネシアは右側なんだ。言われてみれば、そういうのって国によって違うんだね。

<汽車のリ>

それからもう一つ。線路に住民が勝手に作った踏切が、あちこちにあったんだ。 遮断機も警報機もなくて、人やバイクが普通に線路を渡っていく。

<ミナ>

それ……大丈夫なの!? でもちょっと“生活に溶け込んでる”感じがするね。

<汽車のリ>

そうそう。 こちらとしてはその“勝手踏切”が、ちょうど良い撮影ポイントになってくれて(笑)

<ミナ>

ふふ、やっぱり汽車のリさんらしいや。

<汽車のリ>

翌日には、ありがたいことにジャカルタ・コタ駅の駅長さんにも会えて、構内で車両を間近に見る機会までいただいたんだ。 異国の地で、かつての日本の電車が、今もちゃんと“働いている”姿に、なんとも言えない感動があったよ。

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<ミナ>

ただの中古じゃなくて、“技術ごと旅してきた電車”なんだね。

<汽車のリ>

うん。そう思ったら、なんだか誇らしかった。 鉄道が国境を越えて、そして時を越えて、誰かの暮らしを支えてる。そんなことを改めて感じた旅だったよ。

<ミナ>

いい話だった……。私もその7000系、見てみたかったな。

<汽車のリ>

もう走ってないかもしれないけど……次にジャカルタに行く機会があったら、個人的に馴染みがあった東京メトロ6000系に再会したいよ!。

<ミナ>

うん、楽しみにしてる。

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【補足説明】

・KRLジャボタベック(現:KAIコミューター)は、ジャカルタ首都圏を中心に展開されるインドネシアの通勤鉄道ネットワーク。

日本の中古車両(103系・203系・205系・東京メトロ7000系など)が多数導入され、現地仕様に改造されたうえで長らく活躍してきた。

・日本からの中古車は、一部で今も運用が続いているが、新造車両の導入が本格化しており、車両の世代交代が進んでいる。

・新車はインドネシア国営企業や中国企業によって製造されており、国産化と輸入の両面で調達が進行中。

インドネシア国営メーカーでは、日本の技術協力を受けた近代型通勤車両の投入も始まっている。

・運用面では、長時間の踏切遮断や簡素な駅設備、非公式踏切の存在など、日本とは大きく異なる交通環境も多く、“懐かしさ”と“カルチャーショック”の両面を感じさせる独自の風景が広がっている。

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