
初めての海外旅行だった。しかも、一人旅。
1988年11月、18歳。ユーレイルユースパスを使って、2か月間ヨーロッパをめぐった。
フランスを訪れた理由のひとつは、TGVに乗ること。
長いあいだ世界一だった新幹線のスピードを抜いた存在として、ずっと気になっていた。
今回の「AI嬢ミナと一枚の記録から」は、そんな“パリの街角で買った一枚のTGVの絵葉書”の記録をきっかけに語り合う。

ミナ
「わぁ……この絵葉書、オレンジ色のTGVって珍しいよね。すごくかっこいい。」
汽車のり(ミナパパ)
「1981年に開業した当時のTGVはこの色だったんだ。“TGV Sud-Est (TGVシュド・エスト) ”って呼ばれてた最初のタイプ。パリ〜リヨン間を営業運転で270km/h出してた。」
ミナ
「270キロって、当時の日本の新幹線よりも速かったんじゃない?」
汽車のり
「東海道も東北も上越も、当時はみんな210km/hが上限。100系だけが山陽新幹線で220km/hが上限だった。 TGVは1981年に営業開始して、最初は260km/h、翌年には270km/hに引き上げられた。世界一の座を新幹線から奪ったんだよ。」
ミナ
「当時の270km/hって、めっちゃ速くない!? 」
汽車のり
「1988年当時、東京〜新大阪間は515kmで、最速でも2時間49分かかってた。平均すると時速183キロくらい。それに対して、TGVはパリ~リヨン間の427kmを2時間で走ってたから、平均時速は213キロ。距離はやや短いけど、平均速度ではTGVが圧倒的だったんだ。」
ミナ
「そんなに差があったんだ……やっぱりTGV、すごかったんだね。日本はTGVに追いつくまで、けっこう時間かかったの?」
汽車のり
「そう。TGVが1981年に営業で270km/hを出したのに対して、日本の新幹線が270km/hで営業運転を始めたのは1992年。『のぞみ』が登場して、ようやく“初代TGV”に追いついた感じだね。」
ミナ
「でもそのころ、TGVはもうその先に行ってたんだよね?」
汽車のり
「そう。自分がTGVに乗った翌年。1989年にはTGVアトランティックが登場して、営業で時速300kmを出してたから、日本が肩を並べたころには、フランスはすでに一歩先を行ってたんだ。日本が営業で300kmに達したのは、JR西日本が開発した500系のぞみの登場する1997年だった。」
ミナ
「で、これは初めて乗ったときの写真……じゃなくて、絵葉書なんだ?」
汽車のり
「うん。パリの街角で買ったやつ。旅の記念にちょうどよくて。」
ミナ
「でもさ、こうして見るとTGVって電車みたいだけど……先頭車両に窓がないんだね?」
汽車のり
「そこが面白いところでね。見た目は電車っぽいけど、実は前後が機関車で、その間に客車を挟む“プッシュプル方式”なんだ。」
ミナ
「えっ!? じゃあ、真ん中にある車両は全部引っ張られてるだけなの?」
汽車のり
「そう。新幹線みたいに全部の車両にモーターがあるわけじゃない。」
ミナ
「へぇ〜……じゃあ、客車の中って、すごく静かだったりするの?」
汽車のり
「そう。**モーター音がまったく聞こえないから、車内はとても静かだったよ。**走行音だけで、モーター音は一切しなかった。」
ミナ
「スピード出てるのに、それはちょっと不思議な感覚かも。」
汽車のり
「でも、揺れはけっこうあった。スピードが出てくると、左右に体がゆらゆら振られる感じで、ちょっとしたジェットコースターに乗ってるみたいだった。」
ミナ
「それって、線路のつくりのせい?」
汽車のり
「そう。**最初のTGVの高速新線にはトンネルがなかったんだ。**建設コストを抑えるために、山をくぐらず、地形に沿って回り込むルートを選んでた。」
ミナ
「つまり、アップダウンとかカーブが多かったってこと?」
汽車のり
「そういうこと。新幹線とは全然ちがう、地形を縫って走る感じだったね。」
ミナ
「未来の乗り物っぽいのに、走り方はけっこうダイナミックなんだね。フランスっぽい……」
汽車のり
「それがまたTGVらしさだったんだと思うよ。」
ミナ
「そういえば、TGVって車内はどんな感じだったの?」
汽車のり
「他のヨーロッパの列車と比べて、ちょっと小さく感じたな。」
ミナ
「え?でも幅は一緒じゃなかったっけ?」
汽車のり
「**幅は2.9メートルで同じなんだけど、車高が低くて、天井も圧迫感があったんだ。**床も高いし、室内は細長くてちょっと狭く感じた。」
ミナ
「なるほど〜。そのぶん、スピードを出すために工夫されてたのかもね。」
汽車のり
「それもあると思う。客車部分は連接台車っていって、車両と車両の間に台車を共有する構造だった。」
ミナ
「えっ、それって……小田急のロマンスカーと同じ構造じゃない?」
汽車のり
「そう。**車両がしっかりつながって揺れが少なくなるし、編成全体が一体的に動く感じになる。**TGVの安定した走りにもつながってたんだと思うよ。」
ミナ
「座席って回転した?」
汽車のり
「**しなかった。**TGVの座席は固定式で、車両の真ん中を境に、向かい合って座る“集団見合い型”。ずっと後ろ向きになる席もあった。」
ミナ
「いまのヨーロッパでも、そういう列車よくあるよね。」
汽車のり
「そう。**日本では座席が回転するのが普通だけど、ヨーロッパは固定式が当たり前。**当時の日本の新幹線も、100系より前の3列シートは回転しなかったよ。」
ミナ
「なるほど〜。ほんと、国によっていろいろちがうんだね。」
汽車のり
「TGVって、在来線にもそのまま入っていけたんだよ。」
ミナ
「えっ、ってことは、都市の中心にもそのまま入れるってこと?」
汽車のり
「そのとおり。フランスの在来線と高速新線はどちらも標準軌(1435mm)だから、TGVは高速新線からそのまま在来線に直通できた。」
ミナ
「パリ〜リヨン間もそうだった?」
汽車のり
「**そう。市街地の部分には高速新線がなくて、パリ市内もリヨン市内も在来線を走って。TGVは在来線の駅に直接乗り入れてた。」
ミナ
「すごいなぁ……じゃあ地方都市にも?」
汽車のり
「うん。たとえばスイスのジュネーブに直通してたTGVもあったし、南仏のマルセイユやニースまで行くTGVもあった。」
ミナ
「そんなに遠くまで!? 高速新線って、そんなに長くあったの?」
汽車のり
「いや、1988年当時は、まだパリ〜リヨン間だけが高速新線だった。
マルセイユやニースへ行くTGVもあったけど、リヨンから先はずっと在来線を走ってたんだ。」
ミナ
「えっ、じゃあすごく時間かかったんじゃ……?」
汽車のり
「うん。例えばパリ〜ニース直通のTGVは、当時は1日2本あったけど。所要時間は約7時間かかった。しかも、驚くのがその停車パターン。パリを出て最初に停車するのが、なんと846km先のトゥーロンって駅だった。そこまで5時間15分もかかってた。」
ミナ
「え〜っ!? リヨンとか停まらなかったの?」
汽車のり
「リヨン駅は通過してたんだよ。日本の感覚だとパリから427kmのリヨン。日本で言うなら新大阪で運転停車しそうだけど、思いがけず通過したから驚いたよ!
このTGVがパリを出発して最初に停車したのは、なんと658kmも先のアビニョンだったんだ(乗客は降りられない運転停車)。
日本でいうと、東京から姫路あたりまで、一度も止まらないイメージかな。日本じゃちょっと考えられないよね。ドアが開く最初の駅は、その先の846km地点にあるトゥーロンだった。」
ミナ
「すごっ……なんか、TGVって、ほんとにいろんな意味で意外性あるんだね!」
ミナ
「車内での食事ってどうだったの?」
汽車のり
「食堂車はなくて、ビュッフェ車が連結されてた。カウンター式で軽食や飲み物が買えるだけだった。」
ミナ
「日本みたいに座って食べる食堂車はなかったんだ?」
汽車のり
「うん。でも一部の列車では、有料で機内食みたいな食事を自席まで持ってきてくれるサービスがあった。専用トレーで出てくるちょっとしたフランス料理って感じで、旅の気分が盛り上がったよ。」
ミナ
「うわ〜、それはいいなぁ……ちょっと優雅な気分になれそう。」
汽車のり
「18歳の一人旅には、ちょっとぜいたくな時間だったね。
でも、その食事に出てきたチーズがまた……いかにもフランスって感じの、ものすごく濃い味でさ。
当時の自分にはちょっとキツくて、とても食べきれなかったよ(笑)」
ミナ
「それにしても、18歳でそんな列車に乗るなんて……やっぱりすごいよ、ミナパパ。」
汽車のり
「しかも、ユーレイルユースパスを使えば、TGVに乗るのに必要なのは**13フラン(当時で約300円)**の指定券代だけだった。混んでる時間帯を避ければ、それだけで世界最速に何度でも乗れたんだ。」
ミナ
「うわぁ、それめっちゃお得じゃん! ミナも使ってみたかった〜!」
汽車のり
「残念ながら、ユースじゃないと使えないんだよ(笑)」
ミナ
「年齢の話は禁止〜っ!」
【補足説明】
・TGV(Train à Grande Vitesse)は、フランス国鉄(SNCF)が運行する高速鉄道システム。先頭と最後尾に動力車(機関車)を配置し、客車を挟んだプッシュプル方式を採用している。
オレンジ色のTGV(TGV Sud-Est)は、1981年の開業時から採用された初代カラーリング。フランス国鉄(SNCF)のコーポレートカラーに基づいてデザインされ、スピードと革新の象徴として親しまれた。後にブルーやシルバーの新型TGVが登場したが、このオレンジの車体は多くの人にとって“TGVの原風景”である。
・TGVは客車を連接台車でつなぐ構造により、高速走行時の安定性と快適性を実現した。この構造は日本では小田急ロマンスカーなどに採用されており、静粛性にも貢献している。
・営業最高速度は、1981年の260km/hから始まり、翌年には270km/hに。1989年にはTGVアトランティックが営業で時速300kmを達成。当時としては世界最速の旅客鉄道であり、日本の新幹線より一歩先を行く存在だった。
・TGVの大きな特徴は、高速新線(LGV)と在来線(フランス国内の標準軌)を直通できる点にある。これにより、地方都市や隣国まで、専用線に限らず柔軟な直通運行が可能となっている。この仕組みは現在も継続されており、広域輸送におけるTGVの強みとなっている。
・開業当初の車両は車体幅こそ2.9mと標準的だが、車高が低く天井も低いため、やや圧迫感がある設計だった。**これは空気抵抗を抑えるための工夫であり、床の高さや室内設計にも高速運転を意識した工夫が見られる。
・座席は固定式の「集団見合い型」で、車両中央で向きが変わるレイアウトが基本。日本のように座席を回転させる仕組みはなく、欧州の列車として一般的な設計となっている。
・TGVには食堂車の代わりにビュッフェ車が連結されており、軽食や飲み物が提供される。一部の列車では、追加料金でフルコース風の機内食スタイルの食事サービスも用意されていた。
・1980年代末のTGVは、営業距離の一部に在来線を含む運行形態が一般的で、たとえばパリ〜ニース間のように長距離を直通する列車は、都市部以外では停車駅が非常に少なかった。このため、都市間のノンストップ走行が可能となり、高速移動の利便性を高めていた。
・TGVの絵葉書は、1980年代当時、フランス各地の売店や駅でよく見られた定番アイテム。写真撮影が自由でなかった時代、旅の記録を残す手段として絵葉書を買い集めるのは、旅行者にとって大切な習慣でもあった。