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西武新宿線の黄色い電車、旧2000系が静かに引退──48年の記憶《AI嬢ミナと語る021》

西武新宿線で、何十年も当たり前のように走っていた“黄色い電車”旧2000系
その姿が、ある日ふと消えていた──
そんな静かな別れが、2025年6月に訪れました。

1977年に登場した西武鉄道の旧2000系。
通勤輸送の主力として、約半世紀にわたって活躍してきたこの車両が、特別なセレモニーもなく、静かに引退しました。

<ミナ>
「この電車、どこかで見たことあるような……西武線の、黄色い電車だよね?」

<汽車のり>
「うん。旧2000系。
 1977年に登場して、ずっと新宿線系統で走ってきたんだけど、この6月に営業運転を終えたんだ」

<ミナ>
「えっ……もう走ってないの?
 なんとなく“いつまでもある”って思っちゃってた……」

<汽車のり>
「この旧2000系が登場したのは、それまで西武が通勤車両として使っていた3扉車からの転換が理由だったんだ。
 駅間距離の短い新宿線では、もっと乗り降りの時間を短くしたいという課題があってね。
 そこで、4扉車として誕生したのがこの形式だった」

<ミナ>
「へぇ、今では当たり前だけど……当時は画期的だったんだね」

<汽車のり>
「うん。西武の4扉車って、戦後に国鉄から譲り受けた63系(初代401系)以来で、自社製造としては実に久しぶりだった。
 しかも前面スタイルも変わって、それまでの“湘南スタイル”や“切妻スタイル”じゃなくて、パノラミックウィンドウに非常用貫通扉を組み合わせた新しい顔になった」

<ミナ>
「それって、ちょっと未来っぽい雰囲気だったのかも……!」

<汽車のり>
「そうかもね。でも見慣れると、派手さはないけど“西武らしい真面目な顔”って印象だったよ。
 そのあと登場した新2000系(1988年~)は、老朽化していた411系や701系の置き換えが目的で、内外装が大きく変わった。
 製造は西武所沢車両工場と、東急車輛製造の両方で行われて、1993年までに314両も作られたんだ」

<ミナ>
「同じ“2000系”って名前でも、いろんな違いがあるんだね」

<汽車のり>
「ちなみにこの旧2000系は、すべて西武所沢車両工場で製造された“自社製だったんだ。
 その場所が、今の『エミテラス所沢』っていうショッピングモールになってる」

<ミナ>
「えっ!? あそこが工場だったなんて、知らなかった……」

エミテラスの保存されている新2000系のカットモデル

<汽車のり>
「自分が初めてこの電車に乗ったのは、昭和55年(1980年)ごろ。
 当時、叔母さんが狭山に住んでいて、そこへ遊びに行くときに乗ったんだ。
 だから、自分にとってこの黄色い電車は“昔からそこにいた存在”で、気づいたらもう走っていた。
 デビューした1977年なんて、まだ7歳だったから、旧2000系の登場なんて当然知らなかったし、記憶にも残ってないんだよね。」

<ミナ>
「うん、それってすごくわかる……。当たり前すぎて、逆にちゃんと覚えてない存在って、あるよね」

<汽車のり>
「1994年からは、田無駅の近くに引っ越して、そこから30年以上ほぼ毎日、新宿線を使ってる。
 だからこの旧2000系は、ほんとに生活の中に“無意識に”いた存在だったんだ。
 でも、いなくなってみると、思っていた以上に身近だったことに気づく。
 それだけ毎日、自然に目にしていたってことなんだろうね」

<ミナ>
「それで……最後は、どうやって引退したの?」

<汽車のり>
「最後に残っていたのは、2両編成の2本──2417編成と2419編成。
2025年6月13日、何の特別な表示もなく、いつも通り南入曽車両基地に入庫して、それが“最終運用”だったらしい。

ちょっと寂しいのはね──2022年4月に8両編成の旧2000系が引退したときには、ちゃんとステッカーが貼られて“お別れ”を伝えてくれたんだよ。

でも今回は、完全に“サイレント引退”。特に案内もなく、静かに姿を消していったんだ」

<ミナ>
「それは……たしかに寂しいかも。
ちゃんと“ありがとう”って言いたかった人、きっとたくさんいたよね」

<汽車のり>
「翌日には『ありがとう旧2000系撮影会』が上石神井で開かれたけど、抽選制の有料イベントだったから、見送れた人は限られてたんだ」

<ミナ>
「“通勤の風景”って感じの電車だったからこそ、静かに去っていくのも似合うかも」

<汽車のり>
「たぶんね……この電車って、いつも“脇役”として黙々と走ってきた存在だったから。
 派手な引退よりも、そうやって静かに終わるのが、かえってこの車両らしい気がするんだ」

<ミナ>
「今もまだ、新2000系は残ってるんだよね?」

<汽車のり>
「うん。でも、それも少しずつ数を減らしていて、これからは旧小田急8000形の譲受車が増えていく予定。
 世代交代は確実に進んでるよ」

<ミナ>
「じゃあ、ミナも新2000系の姿、今のうちにちゃんと見ておこうかな」

 

最後の営業列車に、さよならの幕も、花束もなかった。
でも、毎朝この電車に乗っていた人の記憶の中には、きっといつまでも残っている。

西武新宿線の“黄色い顔”として走り続けた48年間。
旧2000系、本当にお疲れさまでした。

 

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