
2026年2月10日(火)、久々に千駄木の「せとうち」を訪れた。
初めてこの店を訪れたのは2004年12月。気がつけば、「せとうち」と出会ってから22年が経っている。
今では年に1回程度の利用になったが、予約の電話を入れれば、「久々ね~」と弾んだ調子で迎えられる。
この感覚は、単に「店に通っている」というより、「関係が続いている」という表現のほうがしっくりくる。

東京メトロ千代田線の千駄木駅から歩いて店へ向かう。
しばらく普通の街並みが続いたあと、目の前に突然、新幹線の外板の一部や「館山駅」などと書かれた駅名標が並ぶ空間が現れる。
2004年、初めてここを訪れたとき、この入口は周囲から少し浮いた、不思議な存在だった。
2026年の今も、その印象は変わらない。
街の延長線上にあるはずなのに、ここだけ時間の流れが切り替わるような感覚がある。
2004年当時のBLOG記事 レールファンの集う料理店「せとうち」(千駄木)

店はマンションの2階にあり、入口から専用の階段で上がる造りになっている。
その階段の両脇には、駅に掲示されていた大きな時刻表や案内看板など、数え切れないほどの鉄道グッズが並ぶ。
階段を上がっていくあいだに、自然と気持ちが切り替わる。
2004年も、2026年も、この感覚は同じだ。

店内に入ると、新幹線のグリーン車の座席、通勤型電車のロングシート、そしてなぜかグランドピアノの天板が組み合わされた客席が現れる。
客席の周りには、かつて列車の側面に取り付けられていた行先表示板(サボ)や機関車のライトが並び、店内のスピーカーからは、有志が列車内で録音した走行音が流れている。
初めて来たときは、戸惑いもあったが、グリーン車の座席に腰を下ろし、軽くビールを口にした途端、不思議なほど落ち着いてしまったことを、今もよく覚えている。

せとうちには、メニューがない。
席に着けば、何も言わなくても料理が次々と運ばれてくる。
女将さんたちが作る家庭料理は、煮物、焼き物、刺身、茶わん蒸し、〆の麺類、そしてフルーツのデザートまで含めて9皿前後。
ドリンクはビールから日本酒まで一通り揃っており、特別な説明はなくとも、そこには阿吽の呼吸のような安心感がある。食べ終わる頃には、確実にお腹も心も満たされている。

この店は完全予約制で、1日1組限定。
行きたい日を指定して空きを聞くのではなく、空いている日にこちらが合わせるのが基本だ。
思い立って「今日行こう」は無理。「明日行こう」も、できないと思っていい。
その代わり、店内では他の客を気にすることなく、その時間は完全に自分たちだけのものになる。

店内には、列車車内で録音された走行音が、いつも静かに流れている。 それはBGMというより、心地よい環境音だ。鉄道好きにとっては、意識せずとも身体がリラックスモードに切り替わる魔法のような響きである。
テーブル脇に積み上げられた古い時刻表や鉄道雑誌をパラパラとめくり、気になったダイヤや写真をきっかけに会話が始まる。ここには、無理に話題を探す必要などないのだ。

この店は大の鉄道ファンであった瀬戸内健三さんが、個人で集めた鉄道コレクションを展示し、レール好きが集う空間として、新幹線開業の年・昭和38年に開店したという。
瀬戸内さんが平成11年に亡くなった後は、有志によって店が守られてきた。
2026年の今、その想いは、店を切り盛りする女将さんたちに、確かに引き継がれている。

私は、2011年から2013年にかけて、この店ではTwitter(現X)を通じた「twitterせとうちオフ会」を計5回ほど主催した。
当時は最大で10人ほどが集まり、ほとんどの人が初対面なのに鉄道の話題を中心に大いに盛り上がった。第3回、第4回と続いた。
「汽車のりさんにお誘いいただいて……」
「ずっと気になっていた“せとうち”に、やっと来られました」
そんな感想を、参加者の方々から何度も聞いた。
オフ会をきっかけに初めてこの店を訪れた方も多く、料理のボリュームや、鉄道グッズに囲まれた空間に驚きながら、それぞれが思い思いに時間を過ごしていた。
2004年当時、この「せとうち」の近くには、「羽根田」という飛行機グッズを中心に集めた姉妹店があった。
鉄道と飛行機。
乗りもの好きにとって、どちらも惹かれる世界で、その存在を知り、強く興味をそそられたことを覚えている。
ただ、残念ながら私は一度も足を運ぶ機会がないまま、その年の12月に閉店してしまった。行けなかった店として、今でも時折思い出す名前のひとつだ。

訪れるたびに、店内のどこかに鉄道グッズが増えていることに気づく。
常連の誰かが持ち込んだものなのだろう。
一方で、迎えてくれる距離感や、店の空気は、ほとんど変わらない。
以前訪れた際には、鉄道好きとして知られる石破茂さん、前原誠司さんの対談時のサインが置かれていた。
石破さんが、のちに総理大臣の任に就くよりも、少し前のことだ。
今回は、そこに『鉄道ピクトリアル』の対談で訪れた市川紗椰さんのサインも加わっていた。
国を動かす立場にある人も、表現の第一線にいる人も、ここでは肩書きを脱ぎ捨て、一人の鉄道ファンに戻るのだろう。
ただ、誰が来たかを誇る店ではなく、鉄道を愛する人が自然と辿り着き、その結果として記録が静かに積み重なっていく場所。
せとうちは、ずっとその立ち位置にある。

そして、この店を語るうえで外せないのが、最後の時間だ。
会計を終えると、女将さんたちは一緒に階段を降りてきてくれる。
そして、千駄木駅の階段を降りて姿が見えなくなるまで、手を振って見送ってくれる。
このお見送りは、初めて訪れた2004年から、22年経った今も変わらない。
2004年に初めて訪れた夜。2010年代、オフ会で賑わっていた頃。そして、2026年の静かな会食。せとうちは、大きく変わることなく、確実に時を刻み続けている。
また当時、Twitterのつながりでオフ会に参加していただいた方々の中には、今でもFacebookでつながっている方も多く、それぞれの活躍を目にすることもよくある。
ネットをきっかけに生まれた縁が、こうして細く、長く続いていることを、この店に来るたびに思い出す。
またいつか、当時のメンバーも含め、ネットでご縁をいただいた方々と、オフ会という形で再び集まれる場所として、この「せとうち」を使えたら――
そんなことを、帰り際にふと思った。
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