
昨年末(2025年12月30日)、岡山から赤穂線に乗り、115系G編成で播州赤穂まで向かった。
このときは、特別な思いを抱いていたわけではなく、ただ久しぶりに115系に乗った、という程度の感覚だった。
しかし、2026年3月14日に予定されているJRグループのダイヤ改正において、
JR西日本の岡山地区・山陰地区では、この115系G編成が新型の227系へ置き換えられることが報道されている。
115系G編成は、片側が115系の原型と同じ顔、反対側が切妻構造のいわゆる「食パン顔」。
編成の前後でまったく異なる表情を持つ、きわめて個性的な存在だった。
その活躍も、残すところあと一か月あまり。
今思えば、あのときの乗車が、私にとって最後の115系体験になる可能性も高い。

岡山・山陰を支えてきた115系G編成
現在、岡山地区・山陰地区に在籍している115系G編成は、2両編成8本、計16両で構成されている。
運用範囲は広く、東は赤穂線の播州赤穂から、北は山陰本線の西出雲まで、岡山・山陰エリアを横断する形で日常の足として使われてきた。
115系G編成が登場したのは、平成13(2001)年7月7日のダイヤ改正である。
この改正により、新見〜米子〜西出雲間の普通列車がワンマン化され、それまで3両編成で使用されていた115系を、ワンマン対応の2両編成へ改造する必要が生じた。
元の編成は、クモハ115+モハ114+クハ115という3両編成で、このうちクハ115を外し、中間車だったモハ114に運転台を設置してクモハ化する改造が行われた。

「食パン顔」が生まれた理由
この改造の際、コスト削減の観点から採用されたのが、切妻構造の先頭部だった。
この切妻の先頭部をそのまま接合した結果、G編成は独特の、いわゆる「食パン顔」と呼ばれる外観を持つことになった。
一方、連結相手となるクモハ115も、国鉄時代に中間車から改造された先頭車ではあるが、こちらは新造先頭車に準じた先頭部が使われている。
そのため、編成の前後で顔がまったく異なるという、きわめて個性的な編成が誕生することとなった。
切妻構造の先頭部は、どこか103系を思わせる雰囲気もあり、同じ115系とは思えないほど印象が異なる。
115系の原型から大きく離れた姿でありながら、結果として強い個性を持つ存在となった。
登場当初、G編成は「カフェオレ色」と呼ばれる岡山更新色を纏っていた。
その後、平成22(2010)年から翌年にかけて、濃黄色の中国地域色へと順次塗り替えが進められた。
いわゆる「末期色」と呼ばれるこの塗装も、今となってはJR西日本の115系を象徴する姿として、多くの人の記憶に残っている。
こうした115系G編成も、ダイヤ改正後は新型の227系へ置き換えられていく予定だ。

岡山から播州赤穂までの115系
岡山駅始発の播州赤穂行き普通列車として入線してきたのは、2両編成の115系G編成だった。
年末という時期もあってか、車内は混み合っていたが、私は幸いにもボックス席に腰を下ろすことができた。
久々の115系ではあったが、車内は混雑しており、ゆったりと乗車を楽しめる雰囲気ではなかった。
岡山を発車して以降、下車する客はあまりおらず、途中駅からの乗車が加わって、混雑は播州赤穂まで続いた。
そのときは、この列車が特別な存在になるとは考えていなかった。
ただ、いつも通りの普通列車として、淡々と目的地へ向かっていたに過ぎない。

私にとっての115系の記憶
私にとって115系といえば、中央東線の普通列車、高崎線や宇都宮線での活躍がまず思い浮かぶ。
さらに、臨時列車として設定されていた快速「ホリデー快速鎌倉」の存在も忘れがたい。
普段は貨物列車しか走らない武蔵南線を、休日ダイヤの日に115系が走っていた光景は、今でもはっきりと覚えている。

最後の115系になるかもしれない乗車
特別な演出もなく、特別扱いされることもなく、115系G編成は最後まで日常の足として走り続けてきた。
年末に播州赤穂まで乗ったあの列車も、引退を意識させるような空気はなく、ごく普通の混雑したローカル列車だった。
その何気ない一日の記録が、結果的に私にとっての115系との最後の接点になった可能性がある。
今になって振り返ると、その事実だけが、静かに残っている。
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